東京高等裁判所 昭和59年(う)675号 判決
被告人 生井澤健次
〔抄 録〕
そこで原審記録を調査・検討し、当審における事実取調の結果をも合わせて判断すると、なるほど被告人の司法警察員および検察官に対する各供述調書、被告人の原審および当審における各供述ならびに検察事務官作成の判決書謄本三通(昭和五〇年五月二八日、同年九月二九日、同五六年七月二九日に各宣告した分。)によると、被告人は少年の頃精神分裂病に罹患し、その治療のため精神病院に数回入院したことがあるが、最後に昭和四二・三年頃退院してからは治療を受けていないこと、被告人は昭和五八年一〇月前刑を終えて出所後都内周辺で浮浪生活を送っていたところ、たまたま、犯行直前新橋駅前辺りで路傍に捨てられていた飲み残しの清酒を四合程飲み喉の乾きを覚え付近の残飯入れの中から角小粒氷三〇個位を拾い出してこれを齧り喰いしたため、悪寒に襲われて吐いたりしたあげく、当夜の厳しい寒さに耐えかねて本件犯行に及んだものであることが認められる。しかし、他面、前記判決書謄本によれば被告人の罹患した精神分裂病はすでに欠陥治癒状態にあるものと認められ、また、本件犯行時における被告人の飲酒酩酊の程度も、司法警察員作成の「飲酒検知取扱い状況報告書」と題する書面、酒酔い酒気帯び鑑識カードおよび同作成の「被疑者動静状況報告書」と題する書面を総合すれば、被告人の責任能力の減弱を惹起せしめる程度に達していたものとは認められないこと、さらに被告人の前記犯行直前の挙動も盛り場での残飯漁りをしながらその日暮しを続ける浮浪者の仕ぐさの域を出でないものであって、別段精神面での異常な行動と疑うべき事由は認められないこと、以上の諸事情に加え、被告人は捜査段階から原審ならびに当公判廷にいたるまで本件犯行前後における自己の行動や犯行の動機、内容等について事実関係を明確率直に供述し、その記憶や認識に異常、不自然と疑われるような形跡は毫も認められないのみならず、犯行時悪いことをするとの意識も十分にあったことが窺われるのであって、以上の諸点から考えると、被告人が本件犯行時に事理を弁別する能力が著しく欠けた、いわゆる心神耗弱の状態にはなかったことが明らかである。
(市川 高木 小田部)